非常時も安全に:公共交通の避難設備ユニバーサルデザイン進化史
もしも、の時を考えるユニバーサルデザイン
日々の暮らしの中で当たり前のように利用する公共交通ですが、「もしも」の事態に遭遇することは、多くの人にとって不安な要素の一つではないでしょうか。地震や火災、車両の故障といった非常時には、迅速かつ安全な避難が求められます。そして、その避難を誰もが可能にするための配慮が、ユニバーサルデザイン(UD)の重要な側面です。公共交通における非常時避難設備のUDは、どのように進化してきたのでしょうか。その歴史を振り返ります。
標準的な身体能力を前提とした時代から
かつて、非常時の避難設備は、標準的な身体能力を持つ人が迅速に行動することを前提に設計されている側面がありました。非常口を示す標識は設置されていましたが、避難経路に段差があったり、扉が重かったりするなど、高齢の方や体の不自由な方、小さなお子さんを連れた方にとっては、一人で安全に避難することが難しい場合がありました。
誰もが逃げられる設備へ:意識の変化と技術の導入
公共交通におけるUDへの意識が高まるにつれて、非常時避難についても、「誰もが取り残されない」ための配慮の必要性が認識されるようになりました。特に、阪神・淡路大震災のような大規模災害や、過去の火災事故などを通じて、非常時における多様な利用者の安全確保が喫緊の課題として浮上しました。
このような背景の中、非常時避難設備のUD化が進められてきました。
- 避難経路の確保と整備: 駅構内や車両からの避難経路における段差の解消や、手すりの設置が進められました。通路幅も、車椅子やストレッチャーが通行できるような基準が設けられるようになりました。
- 非常口と誘導表示の改善: 非常口を示すピクトグラム(絵文字)は、国際規格に準拠した分かりやすいデザインが採用されるようになりました。また、誘導灯は停電時にも一定時間点灯するものや、避難方向を矢印で示すものが普及しました。視覚に障害のある方のために、音声による誘導や、床面に設置された点字ブロックによる誘導も、避難経路の一部として機能するよう工夫されています。
- 非常用設備へのアクセス: 火災報知機や非常通報装置なども、低い位置に設置されたり、ボタンが押しやすい形状になったりするなど、誰もが操作しやすいように配慮が進められています。
- 車両における工夫: 鉄道車両では、非常用ドアコック(非常時に扉を手動で開けるための装置)の位置が分かりやすくなったり、操作方法が明記されたりしています。バス車両でも、非常口や脱出用ハンマーの設置場所が明確化されています。低床バスは、非常時にも比較的スムーズな降車を可能にする側面も持っています。
設備と情報の連携
非常時避難におけるUDは、単に物理的な設備だけでなく、情報提供の面でも進化を遂げています。
- 多言語・多様な情報伝達: 非常時のアナウンスは、日本語だけでなく英語など複数言語で行われることが増え、聴覚に障害のある方のために電光掲示板での表示も強化されています。
- 係員による支援体制: 訓練を受けた係員による、利用者一人ひとりに寄り添った避難誘導や支援の重要性も再認識されています。非常時対応マニュアルにも、多様な利用者の存在が織り込まれるようになっています。
今後の展望
公共交通における非常時避難設備のUDは着実に進化してきましたが、すべての設備が最新のUD基準を満たしているわけではなく、古い設備の改修は継続的な課題です。また、避難訓練の実施や、利用者への非常時対応に関する情報提供も、より一層分かりやすく、身近なものにしていく必要があります。
非常時における安全確保は、公共交通のUDが目指す「誰もが安心して利用できる」という目標の基盤です。過去の経験から学び、技術や制度、そして人々の意識が連携することで、非常時にも誰もが安全に避難できる公共交通空間の実現に向けて、進化は続いていきます。